現代のインパール作戦

 文部科学省が炎上しています。英語の民間試験導入を事実上中止し、次に大学共通テストの国語と数学での記述式テストも雲行きが怪しくなってきました。50万人もの受験生の記述答案を公平に採点できるのか?採点員がアルバイトでいいのか?自己採点との乖離が解消されるのか?など、記述式テスト導入の話が出てからずっと問われてきた課題がまったく解決もしないまま、同じような批判を受けています。

 この様子を見ていると、第二次世界大戦でのインパール作戦を思い出します。私が実際参加したわけではないのですが、歴史上最も最悪な作戦と言われて言います。

 インパール作戦とは

  第二次世界大戦ビルマ戦線において、1944年(昭和19年)3月に[3]帝国陸軍により開始、7月初旬まで継続された、援蒋ルートの遮断を戦略目的として、イギリス領インド帝国北東部の都市であるインパール攻略を目指した作戦のことである。作戦に参加した殆どの日本兵が死亡したため、現在では『史上最悪の作戦』と言われている。当初より軍内部でも慎重な意見があったものの、牟田口廉也中将の強硬な主張により作戦は決行された。兵站を無視し精神論を重視した杜撰な作戦により、多くの犠牲を出して歴史的敗北を喫したため、『無謀な作戦』の代名詞として、しばしば引用される。(Wiki)

 

 現場を知らない「声の大きい」軍幹部が自分の主張を押し通し、他の幹部は「あいつの顔に泥を塗れないな」程度の感覚で無理を承知で作戦を実行したのです。一番悲惨だったのは、前線の兵士達であり、補給をたたれ、餓死や病死で多くの死傷者を出しました。

 この構図は現代でもまったく変わりがないのだと今回の騒動を見てつくづく思います。現場を知らない教育再生実行会議の面々が、強く主張してそのまま通ってしまった。(記事によると、楽天の三木谷さんが民間試験導入に熱心だったようだ)そして、工程表なるもので、実施時期を確定して文科省に丸投げしたわけです。

 「失敗の本質」という本には「戦略的失敗は戦術では取り戻すことが出来ない」というような事が書いてあります。おそらく文科省の人々も「これは無理があるなあ」と思いながらも、実施に向けて小手先の戦術を続けてきたのだと思います。聞くところによると、国語の記述などは採点のぶれを防ぐために、決まった定型文のなかに本文中の文章を適当に抜き取って書くらしい。これならマーク試験と変わらないが、下々にとっては記述式を実施する事だけが目的となっているのだ。

 現代の日本では、残念ならが、戦略を作り上げる人物は社会的階級の高い人に限られる。一般の人は、こうやってブログに文句を言うくらいしか出来ない。だからこそ、そういった人々には、本当の意味での「ノーブレスオブリージ」を果たしてもらいたい。我々には中止することは出来ないのだから。