危機と人類

  名著「銃・病原菌・鉄」の著者の作品ということで読み進めていたが、上巻と下巻でだいぶ私の中での評価が異なる。日本についての考察が気になるところだが、上巻ではさらっとではあるが、革新的なものごとを古来の伝統だとする「伝統の発明」という観点で、明治維新の成功を語っているところはなかなか面白かった。そして、第二次世界大戦に突き進む日本の致命的な判断ミスについても、アメリカを肌で知らない軍部上層部や日露戦争などの成功体験に固執したあたりに原因を求めているところなどは、特に目新しさはないものの、冷静に俯瞰している印象だった。

 だが、下巻を読むと、結局のところ西洋的な歴史観、価値観に囚われていることが顕著になってくる。特に日本とドイツの戦後の対応の比較などはひどい出来である。ドイツはしっかりと対応した一方で、日本は不十分だという話で終わっている。そもそも、自国民を含めユダヤ民族を抹殺しようとしたナチスと、敵地で民間人を含む多くの人を死に至らしめた日本を比べることは難しい。どちらもひどい話ではあるが、大きな違いがある。また、南京大虐殺従軍慰安婦などは中国や韓国の主張をもとにして論を展開している。ブラント首相はポーランドでひざまついて謝ったのに、日本の政治家の謝罪は口だけだという話もいただけない。ドイツは他国への賠償金を支払っていないが、冷戦の中で分断されていたドイツに対して、地政学的なことも考慮しつつ戦勝国は黙認しているだけだったのではないだろうか。お世辞にも立派に戦後の対応をしているとはいいがたい。

   また、日本の危機についても少子化を食い止めるために移民政策をするべきだという提案をしているが、その負の側面への言及があまりにも少ない。世界中の海洋資源を食いつぶしていると批判して、グリーンピースシーシェパードへの擁護ともとれる発言もあるが、彼らの背後にいる組織や彼らが実際海洋でしている野蛮な行為についての言及もない。残念ながら、彼の歴史への洞察は原始から20世紀中ごろまでで終わっている気がする。それ以降の歴史観、文化論はいわゆる一般の西洋の知識人のそれとさして変わりがない。人間の価値観は自分の生まれ育った環境に、かなり左右されるということが、如実に分かった。それは最高の知識人といえども抗うことができない真実だということが分かった。