成長というのは終わりのないプロセスである

   人は少しずつしか成長しない。「大人」ならわかっているはずだが、我々は自分の才能および欠点とどう付き合っていくのか、人生を通じて悩み、学んでいくのだ。成長というのは終わりのないプロセスである。また、いくら成長しても、まったく違う人間になれるわけではない。スティーブの成長をつぶさに検討すれば、つまり、自分の強みを生かす能力を彼がどう強化したのか、また、その強みを妨げる自分の性格をどう押さえ込んだのかを検討すれば、いろいろと勉強になるはずだ。欠点はなくならなかったし、優れた別の気質に変化したわけでもない。ただ、自分をコントロールする術を学んだ。自分の才能に混じる毒気をコントロールし、人当たりの悪さをコントロールする術を学んだのだ。

 「PIXAR」に書かれていた一節である。実に深い人生論だと感動して思わずメモをとってしまった。仕事柄、よく面接などするが、「私はこうやって欠点を克服しました」と朗らかに語る奴は信用が出来ない。この一節はそういった発言に対して明解な答えを提示している。人は急には変わることなど出来ないのだ。その変化はわずかであり、何年かしたあとに振り返って気がつく程度のものだと思う。もし突然変わったのだとしたらそれは新興宗教にでも入って、「悟り」を開いてしまったのだろう。人は変わることはできるが、その歩みは遅いのが普通なのだ。

 私にも当然欠点がある。欠点というか自分の嫌な部分である。引っ込み思案だし、卑屈だし、シニカルだ(こう書くと性格破綻者のように聞こえるが、程度の問題でまあ、普通人の範疇にあると思っている)残念なことに自我が芽生え始めた思春期から気づいてたこの欠点は大人になった今でも克服できたとは言えない。人生の節目節目でその欠点のおかげで自己嫌悪を感じることが多々あった。しかし、少しだけその欠点を客観的に見ることが出来るようになり、ちょっとした言動でまわりとそれなりに上手くやっていくこつを身につけたのは確かだ。要するに弱点と上手くつきあえるようになったわけだ。

 「成長というのは終わりのないプロセスだ」まさにその通りであり、自分の強みも弱みも抱きしめて、折り合いをつけながら生きる術を永遠に模索していかなければならない。それが人生というものかも知れない。