yesterday ネタバレ

 

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もしビートルズが存在しない世界に一人で放り込まれたら・・・。
これはビートルズ愛にあふれたファンタジー映画だ。売れないミュージシャンのジャックが音楽を諦めかけたそのとき全世界で20秒間だけ停電が起きて、ビートルズのいない世界になっていた。彼は覚えている限りの曲を世に送り出していく。
 私はビートルズの熱烈なファンというわけではない。しかし、彼らの曲はだいたい知っているし、お気に入りの曲もある。そういったおそらく平均的な人にとってビートルズの素晴らしさを改めて感じることができる作品だ。
 ビートルズのいない世界で初めて歌った「イエスタデイ」はジャックの友達だけでなく、私もぐっときた。良い曲には理屈もいらない。もちろん、その曲の作成過程やバックボーンを知っていればもっと良いかもしれないが、そんな知識がなくても人の心に刺さるものだ。しかし、どんなに良い曲でも大衆に伝える術がなければ有名にはならない。場末のバーで歌っているだけでは、多くの人が知ることもない。ところが、彼はタダでCDを配り、それが話題となりTV出演、そのときの様子を有名ミュージシャンが見ていて、彼のコンサートの前座とし
て採用され、その様子がYoutubeで配信され・・・とトントン拍子でスターダムをのし上がっていく。この過程の描写は妙にリアルである。
 話は少し逸れるが、現代社会はSNSの発達によって、大衆へのアクセスが昔に比べ飛躍的に容易になった。ドルチェ&ガッパーナの「香水」という曲もTIKTOKから火がついて大ヒットしている。橋本環奈が地方アイドルから全国区になったのもSNSの写真からだった。そう考えると1960年当時にビートルズが世界を席巻したのは、運もあるが、名プロデューサー ジョージ・マーティンの手腕が大きかったのだろう。
 さて、映画に戻ると、ビートルズの曲が実に効果的に使われている。モスクワでのコンサートでは「Back to the USSR」、どうして良いか分からなかったときには「Help」、歯医者での会話では「With a little help from my friend」、彼女への告白場面では「All you need is love」など実にマッチしている。そして、改めて歌詞をみてみると、なんとなく聞いていた詩の素晴らしさに気づく。
 主人公はビートルズの曲を盗作していることに良心の呵責を感じている姿も好感が持てる。そんなときにビートルズを知っている二人と出会うのだが、かれらに「ビートルズを世に出してくれてうれしい」と言われてほっとする。それは大好きな食べ物がこの世から消えてしまったようなものだ。自分だけが知っているおいしい食べ物。でも、もう食べることができない。そんなときにその食べ物を与えてくれる人が現れたようなものだ。
 だが、ジャックはビートルズの曲を世に出す意義は見いだしたが、それに自分の名がクレジットされていることには相変わらず苦悩しているようだった。そんなとき全く違う人生を送っているこの世界ジョン・レノンに出会う。このシーンが実に良い。ジョンが生きていたらこんな感じだと思わせる演技も素晴らしいし、悩んでいるジャックにかける言葉も彼が言いそうな言葉だ。
 「好きな人に好きといえ」「できる限りの力でみんなに真実を告げるんだ」
このときジャックは嘘をつくのはやめて、彼女に愛を伝えることを決めた。彼がジョンをハグしたとき、私もハグしたくなった。
「生きていてくれてありがとう、ジョン。そして、答えを教えてくれてありがとう、ジョン」

「得ることは失うことだ。」しかし、その逆もまたある。「失うことで得ることもある。」ジャックと同じように私もビートルズのいない世界で、ビートルズの素晴らしさを改めて知ることができた。