感染症による社会の変質を考える

ゆげのひろのぶさんによるコラムが素晴らしい。アフターコロナを考える上で貴重な考えだ。東大の世界史の問題だそうだが、やはり東大はこういった問題が作れるほど良い人材がいるんだなあとつくづく思う。

 

14世紀にパンデミックを起こし、黒死病と呼ばれたペスト。大航海時代に欧州とアメリカ大陸で交換されたと言われる天然痘と梅毒。ベンガル地方の風土病が、英国の覇権拡大で世界に伝搬したコレラ。第1次世界大戦の終戦の一因にもなったスペイン風邪……。感染症が大規模に流行するたびに多くの人命が失われました。一方、感染症は、歴史の教科書に載っている様々な出来事のきっかけにもなっています。

 

 「ペストは近代の陣痛」という言葉があります。ペストの流行が、暗く息苦しい中世から明るく自由な近代への転換をもたらしたという考えです。

 中世の西ヨーロッパは神に対して敬虔(けいけん)でした。ところが人口の3分の1がバタバタと死んでいく。そうすると「神様はいないのでは……」「どうせ死ぬなら好き勝手に」となります。ペストが猛威を振るった14世紀に出された『十日物語』には、修道院長が露骨に性交を迫る場面があり、近代小説の始まりとされます。ペストは従来の価値観に大きな変化をもたらしました。これがルネサンスです。

 次に経済的側面です。同じく中世の西ヨーロッパでは、農村は共同体でした。畑には柵がなく、みんなで働いて、領主に年貢を納めた残りをみんなで分け合いました。しかしペストによる大量死は極端な労働力不足をもたらします。そこで領主は農民の労働意欲を上げるために、それぞれに土地を貸し出します。すると農民たちは、麦を植えるか、豆を植えるか、羊を飼うかと、自分で考え行動し、その成果も失敗も自身が受け入れます。これが資本主義、自由経済の始まりです。経済面でもペストは自由をもたらしたのです。

 また、新興の産業やスポーツを発達させた面もあります。ペストによる大量死で土地が余ったイギリスでは、農業よりも広い土地を使う牧羊の方が経営効率がよくなり、毛織物工業が発展しました。広大な土地をうまく使うため、羊の面倒を見る牧羊犬を導入すると、羊飼いは暇になり、その合間に始めた遊びがゴルフになったという説があります。

 こうした社会の変化はペストに限った話ではありません。コレラは飲み水を介して流行が広がったので、予防のために上下水道の整備が進みました。結核予防のため、空気の通りを良くする大通りなど近代都市のインフラが整備されました。

 現代に当てはめれば、新型コロナウイルスによる外出自粛は、テレワークやネット授業を急速に普及させています。新たな感染症の流行は大きな脅威ですが、それがもたらす変化の側面も、私たちは熟考すべきかもしれません。