反日と嫌韓と~週刊ポストの記事から

今日の毎日新聞の社説である

週刊ポストの特集 嫌韓におもねるさもしさ」

 日韓対立の時流に乗れば、何を書いても許されると考えたのだろうか。今週発売の「週刊ポスト」が韓国への憎悪や差別をあおるような特集を組み、批判を受けている。

 特集は「韓国なんて要らない」とのタイトルで「『嫌韓』ではなく『断韓』」を主張する。中でも韓国人の性格を扱った記事は「10人に1人は(精神障害の)治療が必要」などと韓国をおとしめていた。

 雑誌が「本音のメディア」であることは否定しない。際どい手法を用いながらも、ゲリラ的に権威や権力に挑むことでジャーナリズムを活性化させてきた歴史はある。

 しかし、今回の特集はそれらと次元を異にする。日本社会の一部にはびこる韓国人への偏見やヘイト感情におもねり、留飲を下げる効果を狙ったのではないか。だとすれば、さもしい姿勢と言わねばならない。

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 最近は日韓の問題ばかりがマスコミで取り上げられているが、いささか辟易としている。何の進展もなさそうで、チキンレースをしているだけだからだ。しかし、週刊ポストのこのしょうもない記事に噛みついた社説を見て、私もすこし噛みつきたくなった。

 この社説自体はその通りだと思う。人々の潜在的嫌韓ムードに便乗して、扇情的なタイトルであおりながら発行部数を増やそうという魂胆が見え見えである。「さもしい」といえば、確かにそうだ。

 しかし、少し待って欲しい。あいちトリエンターレの「表現の不自由展~その後」の中止騒動について、表現の自由を脅かすとか検閲だとか言っていたこととどう折り合いをつけるのだろうか?

 反日ムードをあおるような作品ばかりを展示していた展覧会を表現の自由を盾に擁護するなら、同じように嫌韓ムードをあおる今回の記事も表現の自由の範疇ではないだろうか?一方では、表現の自由だといい、他方では、さもしいという。あまりにもダブルスタンダード過ぎるのではないだろうか?

 私にはこの二つの出来事に決定的な違いを見いだすことが出来ない。私の理解力を超えている。その前提で言うと、本質的に両者とも不適切な行為であると私は考える。もちろん、個人的な意見なので、両者とも問題ないと考える人もいると思う。それはそれで良い。問題なのは、スタンスがぶれることだ。

 個別の事象にとらわれすぎた社説は説得力を欠く。納得できる論を立てて私を説得してもらいたい。